下瞼の内側の透き通るピンク色した粘膜が黄瀬くんの大きめの目をますます可愛く見せている。日差しの眩しいときには睫毛は明るく透き通って、優しい金色をしていた。大体、この顔だけは好きだった。
 風が運ぶ磯の薫りに鼻をひくつかせた君は、海!と見れば分かることを勢いよく叫んで堤防沿いを下る階段を走り出してしまう。

「危ないですよ。」

 砂に隠れて小石やガラスが見えないかもしれない浜で靴を脱ぎ捨ててしまうのも、まだ冷たい2月の海にまっすぐ突き進んでいくこともそうだ。僕の呟くような小さな声には答えず君ははしゃいだ笑い声を立てていた。

「黒子っち!」

 尻尾を持たない代わりに手を振っている。君を見ているとそういう風に思える。
犬のようになついて見せる癖に、僕の言うことをきかないんですね。

「危ないから、戻ってください。黄瀬くん…!」

 距離が離れたから少し大きな声をあげる。振り向く黄瀬くんがなにか答えるのは見えている、けれど海が、遠い割りにやけに大きな波音を立てて黄瀬くんの声を掻き消してしまう。
 聞こえない。僕が動かずにいるのを見ると黄瀬くんは口の両端に手を当てて大げさなしぐさでもう一度なにか言った。

み、
て、
て。

 見てて、と言った。そう読み取れた途端に少しだけ、怒りが沸いてしまう。
もうはしゃいでしまってどうしようもない黄瀬くんは、きっと僕が心配して目を離せないのを喜んでいる。甘やかすのがいけないんだろう。こうして見ていれば見ているだけ、危ないことをしてしまうのだ。大嫌いだ。
 君のそういうところはもうずうっと。

「置いていきますよ。」

 宣言する僕を省みず、黄瀬くんはどんどん沖へ歩いてもう膝が水の中にあった。海は急に深くなるのではなかっただろうか。頭のよくない黄瀬くんの、これ以上馬鹿をするのを見ていられない。

「置いていきますからね。」

 黒子っちぃ。背を向ける僕の後ろから甘えるような遠い声が追い縋ってくる。耳だけはしっかり澄ませながら、もう知るものかと思っていた。規則的な波の音に重なって、黄瀬くんがさっきからずっとなにか言うのに、なにかを言っているということしか分からない。
 黄瀬くんが僕を追いかけてこないのに苛立ってコンクリートを踏みしめ歩いていると、波間を縫って声が届く瞬間があった。

「…黒子っち俺ね、泳げないんスよ。」

 急に風も波も止んだ気がした。
今更聞こえたような声に僕が振り向いたときにはこの海のどこにも、もう君の姿がみつからなかった。

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